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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和27年(ネ)107号 判決

控訴人(原告) 見浦義盛

被控訴人(被告) 富山県農業委員会

主文

原判決を取消す。

富山県農地委員会が昭和二十五年三月三十日富山市豊田字西田割五百二十七番の二宅地三十四坪についてなした控訴人の訴願に対する裁決を取消す。

富山市豊田地区農地委員会が右宅地についてなした買収計画を取消す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、(一)原判決摘示事実中第十一点の主張を撤回する。(二)本件宅地の買収が自作農創設特別措置法(以下、自創法と略称する)第十五条第一項第二号の規定により買収されたものであることは争わない。(三)被控訴人主張の訴外上段仙之助の耕作反別は知らない。(四)同訴外人は昭和二十五年二月二日形式的に本件宅地の買受申込をなしたけれども、その後昭和二十七年六月下旬乃至七月上旬頃之を取下げた。従つて同訴外人は本件宅地の買受けを承認して居らず且つ買受けの意思がなかつたものである。(五)本件宅地は生活の本拠として使用されている住家の敷地であつて、自創法第十五条第一項第二号に該当しない。即ち甲第十五乃至第十八号証、鑑定人森利保の鑑定の結果、当審における検証の結果と控訴人の供述を綜合すれば、本件西田割五百二十七番の二(旧番三五一八の二)の宅地は同訴外人の居宅の北側空地と居宅の内四畳半と五畳、八畳、六畳の間の各一部の存在する宅地にして、空地は単に薪及び杉葉が一部積み重ねてあるところであつて、全然農業の用に供せられているものでない。従つて耕作の業務に利用されない宅地であるから、買収ができない。(六)本件宅地を買収せねばならぬ必要性が殆んどない。(イ)仮りに、本件宅地が富山地方法務局東岩瀬出張所備付の土地台帳附属図面をもつて創設的に該五百二十七番の二の位置に定められたものとしても、鑑定人森利保の鑑定の結果によれば、僅かに半坪のみが作業場と称する土間にひつかかるほかは、同訴外人の現在主として居住の用に供している住宅の敷地と狭い空地に過ぎないものであつて、農業経営に必要な宅地でもなけば又売渡農地の経営に必要な宅地でもないから、本件宅地まで買収することができない。むしろ隣接の土地には建物の敷地以外に作業場の大部分、前庭及び南北側に空地、馬小屋、灰納屋等がある。当審における検証の結果によれば、作業場と言つても単に土間として放置せられているに過ぎず、僅か半坪ばかりの土間が存在しなくとも何等作業に支障を来たすものでもない。(ロ)又売渡農地自体の経営に本件宅地を必要とする特別の事情も存在しない。(ハ)自創法第十五条第一項第二号は農家の宅地であれば何んでも広範囲に買収してもよいとの規定ではない。仮令、約半坪が藁積み場として農業用に供されることがあつても右五百二十七番の二の宅地全部を強制買収しなくとも耕作者たる同訴外人の地位の安定を害さず農業生産力を発展さすのに事欠くものでもない。仮りに農業用に供される作業場と言つても単に脱穀した残りの藁のほんの一部か馬草を僅か積み置くことができるに過ぎず、自創法第十五条第一項第二号に該当しない。(七)本件宅地を買収するに至つた沿革、経緯及び富山県農地委員会(以下、県農委と略称する)が訴願を棄却した行為を尋ねてみると、原審認定のような慎重審議したものでなく、豊田地区農地委員会(以下、地区農委と略称する)は自創法により農地の解放を受けた者が借地権を有する宅地はすべて同法第十五条第一項第二号により買収の対象としてよいとの見解にもとずく富山県小作官の行政指導の結果本件宅地が実地においてどの場所に存在し、実際何に使用されている部分であるかを研討することもなく漫然と買収し又原判決認定の通り公告縦覧の手続を経ることなく、故ら控訴人不知の間に異議権、訴願権を喪失させ確定せしめんとしたようにも推測され、訴願後県農委は之又何等実地について検証その他調査することなく無責任な方法で控訴人の訴願を棄却したものであることは甲第六乃至第八号証、当審証人高井与一、内山藤右衛門の各証言、控訴人本人の供述によつて認められるところであつて、控訴人は憲法第二十九条によつて保障された財産権を侵害する違法な裁決を受けたものである。(八)宅地の強制買収の廃止、農地法の政正せられた法の精神から観ても僅か半坪にこだわつて裁決を維持すべき根拠がない。却つて社会情勢に順応し、行過ぎた農地政革の誤つた適用を矯正すべきもので、本件買収は妥当でなく又必要もなく違法である。(九)更に百歩を譲り以上理由なしと仮定しても、その買収し得る範囲は約半坪のみである。売渡農地に必要でない半坪を除くその余の宅地までも買収することはできない。土地の分割は公薄上も実地の上においても可能であるから、半坪を除くその他の部分までも買収したのは違法であつて、県農委が右違法な地区農委の決定を正当として控訴人の訴願を棄却したのは違法である。(一〇)訴外上段仙之助は控訴人との争を好まず控訴人への本件宅地の返還を訴外市田豊太郎に一任したことあり(甲第十八号証)、被控訴人も裁決が控訴審の判決によつて変更されるだろうともらしている由であつて、敢えて買収に拘泥していないもので、安い賃料で而も賃借権と言う強力な権利によつて保護されているものであるから、敢えて法を無視してまでも違法に買収しなくともよいのに反し、生い先短い老齢の控訴人にとつては先祖伝来の土地であつて、極めて愛着を有するもので、所有権の保護、静的安全を保障し社会秩序を守るためにも、本件控訴を正当として認容せられるべきものである、と述べ、被控訴代理人において、(一)訴外上段仙之助は自作地約一町二反、小作地約二反を有し、その内農地改革により一町九畝歩を買受けた専業農家である。(二)本件宅地の位置については鑑定の結果と富山地方法務局東岩瀬出張所備付の図面とが相異するとするも、同訴外人の宅地内であることには変りがなく、自創法第十五条第一項第二号の規定で買収したことには変りはない。即ち宅地買収は農業用施設でなければならないことはなく、農業経営に必要な宅地であれば足りるものと解せられる、と述べたほかは、原判決事実摘示と同一であるから、ここに之を引用する。

(証拠省略)

理由

地区農委が昭和二十五年二月二日控訴人において訴外上段仙之助に対して同人所有家屋の敷地として賃貸していた控訴人所有の富山市豊田字西田割五百二十七番の二宅地三十四坪の買収計画を樹立したこと、控訴人が同月十一日右買収計画に対し異議の申立をなしたが、同月十六日控訴人の申立は相立たない旨の決定がなされたので、更に県農委に対し訴願を提起したところ同年三月三十日附議案第五十五号裁決書を以て訴願棄却の裁決がなされたこと、右宅地の買収が自創法第十五条第一項第二号の規定によるものであることはいづれも当事者間に争がない。

控訴人は訴外上段仙之助が同年二月二日本件宅地の買受申込をなしたけれども、右は形式的なもので、同訴外人において本件宅地の買受を承認して居らず且つ買受の意思がなかつたものである旨主張するけれども、成立に争がない乙第一号証、原審証人田野長太郎、原審並びに当審証人上段仙之助の各証言を綜合すれば、上段仙之助は本件宅地について真実買収申請の意思があつたので、同年二月二日本件宅地の買受申込書を地区農委へ提出したものであり、単に形式的になしたものではないことが認められるから、控訴人の該主張は理由がない。

そこで、本件宅地の買収申請が相当と認め得る場合にあたるかどうかの点について考察するに、所謂附帯買収が相当であるためには買収の目的となるべき宅地が売渡農地の経営に必要な宅地であることを要するところ、当該宅地が売渡農地の経営上必要であるといい得るためには、売渡農地に対する当該宅地の利用度からみて、之を附帯買収することにより耕作農家の地位を安定しようとする法の目的に適合する場合でなければならないものと解すべく、そして売渡農地に対する当該宅地の利用度を判断するためには当該宅地の位置、範囲が具体的に特定されていなければならないことは言をまたないところである。

今之を本件についてみるに、原審における検証の結果、当審における検証(第一回)の結果、当審証人上段仙之助の証言によれば、訴外上段仙之助の使用している宅地は富山市豊田字西田割五百二十七番の一宅地四坪、同所百二十七番の二宅地三十四坪(本件宅地)、同所五百二十七番の三宅地五十六坪の三筆に跨つていることが認められるところ、本件宅地の位置が同訴外人の使用する右宅地中のどこに該当するかにいては当審証人内山藤右衛門、同畠山清正の各証言によつて成立が認められる甲第十五号証、当審証人内山藤右衛門の証言、当審における控訴本人訊問の結果、当審における検証(第一回)、鑑定人長島勝正、同森利保の鑑定の各結果を綜合すれば、本件宅地は訴外上段仙之助使用宅地中の北方に位置し、同地上には同訴外人の居宅約九建坪が存在しており、空地の一部は薪、杉葉の置場に利用されていることが認められるのであるが、他方原審証人畠山清正、原審並びに当審証人上段仙之助の各証言、原審における検証の結果、当審における検証(第一、二回)、鑑定人森利保の鑑定の各結果を綜合すれば、本件宅地は同訴外人使用宅地中の東方に位置し、同地上には同訴外人の居宅約九坪、作業場の一部約半坪が存在しているようにも認められる。

このように、本件宅地の位置について控訴人と同訴外人との主張が一致せず、しかも前掲各資料によるもそのいづれともたやすく断定しがたい場合にあつては、地区農委として本件宅地の買取計画を樹立するに当つては、須らく先づ本件宅地の位置範囲を具体的に特定し、然る後同訴外人の売渡農地に対する当該宅地の利用度を判断し、もつて附帯買収の必要性を認定すべきものであるのに拘わらず、被控訴人の主張立証によるも地区農委として之等の点に思を致し厳重審議した事跡が毫も認められないから、地区農委は農地の解放を受けた農家が賃借する宅地はその買収申請さえあれば何んでも買収できるものとの考えの下に本件宅地の特定並その附帯買収の必要性の有無につき認定を為さずして漫然本件宅地の買収計画を樹立したものと認めるの外ないのであつて違法のものと謂わなければならない。

そして、県農委は本件訴願を審査するに当り、之また右各点を審議した事跡が認められず、地区農委の違法な買収計画を看過し、たやすく本件訴願を棄却したのは之また違法なものと謂わなければならない。

されば控訴人の本訴請求はその余の争点を判断するまでもなく理由があるから、県農委の本件訴願に対する裁決を取消し、地区農委のなした本件買収計画を取消すべきものである。

よつて本件控訴は理由があり、原判決は不当であるから之を取消し、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 石谷三郎 山田正武 木村直行)

原審判決の主文事実および理由

主文

原告の請求は之を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が昭和二十五年三月三十日附議案第五十五号裁決書を以て富山市豊田字西田割五百二十七番ノ二宅地三十四坪についてなした原告の訴願に対する裁決を取消す。被告は富山市豊田地区農地委員会(現豊田地区農業委員会)が右宅地につきなした買収計画を取消せ、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求めその請求の原因として、訴外富山市豊田地区農地委員会現豊田地区農業委員会(以下単に地区委員会と称す)は昭和二十五年二月三日原告が訴外上段仙之助に対して同人所有家屋の敷地として賃貸している右宅地の買収計画を決定した原告は之に対し同月十一日異議の申立をなしたが同月十六日原告の申立は相立たない旨の決定がなされたので更に被告に対し訴願書を提出したところ、被告は同年三月三十日附議案第五九五号裁決書を以て原告の訴願を棄却し同年四月六日その旨の通知をなした。しかし右買収計画並に訴願裁決は次の如き理由から違法である。

第一点

地区委員会は、昭和二十五年二月三日第三十三回委員会並に同月十六日第三十四回委員会(原告の異議申立に対する審議会)に於て、委員長高井与一が「昨日富山県庁に於て舟木事務官から聞いたところによると之れまで田畠の開放を多少でも受けた者は無条件で宅地を買収する権利があるとのことである」「その責任は会長が負うから買収の決議をなされたい」旨の虚言を用いて委員会を欺罔したため委員会は錯誤に基いて賛否同数となるや、会長は強硬に買収決定をなし原告の異議申立を却下した。

第二点

本件宅地は農業用施設に該当するものと認められず且つ原告の地方に於ては本件の如き買収の実例に乏しいのに、周囲の策動と私欲達成のために農業用施設に名を藉りて買収決定をなしたものである。

第三点

上段仙之助は本件宅地の買受を承認して居らず且つ買受の意思がないのに拘らず、地区委員会は同人の買受申込を前提にしてなした買収計画である。

第四点

宅地を買収するには農地の耕作者が農地と一緒に宅地をも地主から借受けていることを要件とするものなるところ、上段仙之助は原告から農地を借受けていない者であるから本件宅地買収の資格を有しないのに同人を買受適格者として買収計画をなした。

第五点

宅地買収は、農家の生活を安定し農耕に精進し生産向上に不可欠の場合に於てのみ許されるものなるところ、本件宅地はこの要件を具備せず買収の必要のないものである。

第六点

地区委員会は、昭和二十五年二月三日第十五回農地買収決定をなしたが、農地買収決定は自作農創設特別措置法(以下単に自作法と称す)第六条第五項に従い買収計画の公告並に公告の日から十日間地区農地委員会事務所に於て書類を縦覧に供すべきであるのに右買収決定については之をなしていない。

第七点

本件買収計画決定は死亡者見浦仙太郎の所有名義の下になしているものである。

第八点

被告は以上の如き違法な買収決定を看過し、前叙裁決書を以て「上段仙之助は一町三反余を耕作する専業農家であり而も耕作地中一町余は今度の農地改革により売渡を受けたものでもあり豊田地区農地委員会が自作法第十五条第一項第二号の規定により右宅地の買受申請を相当と認めて買収計画を決定した措置は適法にして不当のものではない」旨の理由で原告の訴願を棄却したが、此裁決は憲法の保障する個人の所有権を不法に剥奪することを決定した地区委員会の買収計画を支持したものである。

第九点

被告は、地区委員会が昭和二十五年二月三日の第十五回買収決定には手続其の他の点に違法があることを認めて更に同年六月九日第十六回買収決定に於て同一宅地の買収を決定しているのに、既に取消され又は無効である第十五回買収決定を有効なものとの前提の下に訴願を棄却した。

第十点

被告は訴願審査に当りその適否を実地について調査することなく漫然と之が棄却の裁決をなした。

第十一点

被告は原告に対し「自作法第三条第十五条により昭和二十五年二月三日本件宅地を買収した」旨の同年三月十五日附買収令書を原告に交付したけれども該令書は正規のものではない。而して正規の買収令書を発行することなく本件宅地の買収処分をなした。

依つて本件宅地の買収計画並に訴願裁決の取消を求めるため本訴に及ぶものであると陳述した。(立証省略)

被告指定代理人等は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中地区委員会が原告主張の日原告の訴外上段仙之助に賃貸しておつた本件宅地について買収計画を決定したこと及びその主張の日時その主張の異議申立之に対する決定、訴願並に之に対する棄却決定のあつたことは之を認める。その余の主張事実は否認する。本件宅地は農業用施設として買収したものではなく、自作法第十五条第一項第二号の規定により耕作者の農業経営を安定せしめ其の地位の強化のため宅地として買収したものであつて、同条第一項第一号の農地の利用上必要な農業用施設の買収の場合と要件を異にするものである。又宅地買収は市町村農地委員会が宅地借受人の買受申込の相当性を判断して決するものであり、宅地所有者の同意を要しないので、地区委員会は上段仙之助の買受申込に基いて調査したところ同人は一町三反余の農地を耕作する専業農家で内一町余は農地改革の結果買受けた者で自作法第十五条第二項各号に該当しない買収適格者であることが認められたので本件買収計画を決定したものである。又被告は昭和二十五年二月二十八日原告から訴願の提起があつたので、同年二月三日の第十五回買収分から一応除外して同年七月二日の第十六回買収分に組入れの上買収決定を承認した。又地区委員会は同年二月三日に本件宅地の買収計画を決定したが原告から異議の申立並に訴願の提起があつたので買収期日決定を留保して、同年三月三十日訴願棄却後改めて買収期日のみを同年七月二日に変更して被告の承認を求めたのである。又宅地の買収には買受人が農地を地主から一緒に借りている必要のないことは自作法第十五条の法意から明かであり被告は訴願審査について昭和二十五年三月十六日地区委員会え担任委員を出張させて関係書類を調査せしめ上段仙之助についても直接調査したけれども同人が宅地を賃借している事実について争がないので特に実地検分はしなかつた。又買収及び売渡の公告及び縦覧は自作法第六条同法施行令第三十七条同法施行法第四十八条に基いてなしている。尚買収令書に関する事項は知事の権限に属するところである。以上の理由から本件買収計画決定並に被告の処分は何等違法がないから原告の請求は失当であると陳述した。(立証省略)

理由

富山市豊田地区農地委員会(現豊田地区農業委員会)が昭和二十五年二月三日原告所有の富山市豊田字西田割五百二十七番ノ二宅地三十四坪の買収計画を樹立したこと、右宅地は原告が訴外上段仙之助に対し同人所有家屋の敷地として賃貸していること原告が右買収計画に対して同月十一日異議の申立をなし同月十六日原告の申立は相立たない旨の決定がなされ、更に原告は被告に対し訴願を提起したところ、同年三月三十日附議案第五十五号裁決書を以て訴願棄却の裁決がなされその旨の原告に通知のあつたことは当事者間に争ない。

原告は、右買収計画並に訴願裁決の違法を主張するから以下原告主張の違法の有無について順次判断する。

第一点について

成立に争ない甲第六、七号証(成立に争ない乙第二、三号証と同一)、証人赤祖父牛一、同田野長太郎の各証言並に原告本人等間の結果を綜合すると、昭和二十五年二月三日の第三十三回委員会に於て第十五回農地買収売渡計画書について審議の末本件宅地の買収を、同月十六日の第三十四回委員会に於て右買収計画に対する原告の異議申立について審議の末異議却下を、孰れも賛否同数のため議長の決するところにより決定されたこと、及び第三十四回委員会では委員長高井与一が原告主張の如き発言をなした事実を認められるけれども、原告主張の如く高井委員長が委員を欺罔又は脅迫し従つて委員会の意思表示による何等かの行政処分が錯誤又は脅迫に因つてなされたと認むべき証拠は毫もない。

第二点について

自作法第十五条第一項第一号は買収することができる農業用施設につき、同条同項第二号は同じく買収することができる宅地について規定しているのであるが、成立に争ない乙第二、三号証甲第二号証ノ一乃至四第六、七号証第十号証ノ二を綜合すると本件買収計画樹立は同条同項第二号に則り宅地としてなされたものであり農業用施設として買収計画を樹てられたものでないことが認められる。之に反する証人内山藤右衛門の証言は措信できない。

第三点について

農地買収に附帯して買収する土地は、自作農となるべき者がその土地を政府において買収すべき旨の申請をなした場合に於て市町村農地委員会(現市町村農業委員会)がその申請を相当と認めたときこれをなすことができることは自作法第十五条第一項に規定するところであつて、成立に争ない乙第一号証並に前示第二、三号証甲第六、七号証及び証人上段仙之助の証言を綜合すると、上段仙之助は本件宅地について昭和二十五年二月二日買受申込書を地区委員会え提出したので、地区委員会は之に基き慎重審議の末政府に於て買収する旨決定したものであることが認められ、之により上段仙之助は本件宅地に関し自作農として右趣旨の申請をなしたものであり且又買収の意思を有し買受けの承認をしておつたものと言わなければならない。

第四点について

自作法第十五条第一項第二号に依る宅地買収には必ずしも農地の耕作者が農地を所有する同一土地所有者から宅地をも借りていることを要件とするものでなく、買収農地を利用する関係上同条第二項の場合を除き之を買収することができるものと解するのが相当で上段仙之助がたとえ原告から農地を借受けていないからといつて本件宅地の買収要件に欠けているということはできない。

第五点について

自作法第十五条第一項第二号に依り買収の対象たり得る宅地は必ずしも農地に密接又は従属している必要はなく農業経営に必要な宅地であれば足りるものと解するを相当とするが(参照昭和二十五年七月十三日最高裁判所判決、最高裁判所判例集第四巻第七号三二五頁)、証人田野長太郎、同上段仙之助の各証言並に原告本人尋問の結果を綜合すると、本件宅地は訴外上段の耕作する農地と約十一間距る近距離に在り而も本件宅地上に同人所有の作業場があり、専業農家である同人が脱穀調整その他の農業経営のため必要なものとして之を使用していることが認められるから本件宅地の買収は適当といわなければならない。

第六点について

自作法第六条第五項には買収計画の公告及び関係書類の縦覧について規定しているが、その法意は利害関係人に買収計画の内容を知らしめて異議申立等権利保証の全きを期せしむるためと解すべきであり、右手続を怠つたとしても利害関係人に於て他の方法で買収計画の内容を知り且つ異議申立の機会を得ることができた場合には右手続上の瑕疵については之を主張する利益なく、従つてその瑕疵は治癒されたものと解すべきである。

而して本件の場合地区委員会に於て第十五回買収計画について公告縦覧の手続を経たことにつき之を認むるに足る証拠はないが、証人畠山清正の証言並に原告本人尋問の結果に拠れば、原告は昭和二十五年二月二日訴外畠山清正から翌三日開催される委員会に於て本件宅地の買収計画樹立さるる旨の通知を受けたことが認められ、而もその後原告から異議申立をなしたことは前認定の通りであり他に権利の侵害を受けたと認められる如き利害関係人の存することもないから、原告は右手続懈怠を主張する利益はない。

第七点について

農地等の買収計画を樹立する際その所有権が相続人に移転しおるも今尚所有名義のみが被相続人となつておるため買収計画の真意は相続人を対象とするもその計画の表示が所有名義人としたに過ぎないものと推測し得られる場合には買収計画の効力は当然真実所有者たる相続人に及ぶものと解するのが相当で成立に争ない甲第二号証の一乃至四第六号証(乙第二号証と同じ)原告本人尋問の結果を綜合すれば、本件宅地はもと原告先代見浦仙太郎の所有であつたが本件買収計画当時原告がその所有権を承継取得しておつたこと、右買収計画が先代見浦仙太郎を土地所有者として表示してなされたことが認められ右の事実と成立に争ない甲第四号証の一乃至四第七号証(乙第三号証と同じ)第九号証第十一号証の一、二、第十二号証の一、二を綜合すれば右買収計画は真実所有者である相続人の原告を対象として進行し来たもので買収計画の当初公簿上の名義人たる被相続人見浦仙太郎を表示したものに過ぎないことが推認するに難くないから本件買収計画が亡見浦仙太郎名義とされたとしても之を以て無効と解すべきでない。

第八点について

第一乃至第七点について判断した通りであるから地区委員会の本件買収計画樹立にはいささかの違法も無く之に対する原告の訴願を理由なしとして棄却した被告の裁決も亦違法の点が無いと謂わなければならない。

第九点について

証人赤祖父牛一、同畠山清正の各証言を綜合すると、昭和二十五年二月三日の第十五回買収計画について原告は異議の申立をなしたので地区委員会は右買収計画中の買収日附を変更したが、その後異議申立は却下になり訴願に対する裁決をも経たので同年六月九日の第十六回買収計画の際に之が買収日附の決定を見たものであつて、同一宅地について再び買収計画が決定されたものでないことが認められる。右認定に反する証人内山藤右衛門の証言並に原告本人尋問の結果は措信しない。されば被告が第十五回買収計画に於ける本件宅地の買収を有効なるものとの前提の下に原告の訴願に対して裁決したことは適法である。

第十点について

訴願の審査は特に実地について調査することを要する旨の明文がない以上必ずしも実地調査をしないで裁決したからと言つて之を無効と解することはできないので本件裁決に実地調査をしなくても之が裁決の効力には何等の影響を及ぼさない。

第十一点について

買収令書の交付は都道府県知事がなすべきもので農地委員会のなすべき行政処分でないことは自作法第九条に於て明定するところであるから仮りに知事に違法な行政処分ありとしても之が取消を被告に求むることができないものと言わなければならない。

以上説示の通りで原告の主張する第一乃至十一の各理由は何れも採用することはできないから前示地区委員会の農地買収計画には何等違法ありということはできず従つて又被告が右買収計画に対する異議申立却下に対する訴願を棄却したのは相当であり原告主張のような違法はないといわなければならない。仍て本訴請求は総て失当として之を棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。(昭和二十七年四月十五日富山地方裁判所判決)

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